オディロン・ルドン≪花瓶の花≫

オディロン・ルドン Odilon Redon
花瓶の花 Fleurs au vase
1910年頃  パステル・紙 55.0×40.0cm

「花がパステルになったのか、パステルが花に変容したのかだれも知らない」。ルドンのパステル画を、当時の批評家フォンテナスはそう表現している。かつて“黒”を追求していたルドンの画業は、1890年頃から徐々に色彩の追求へと移行していった。「私は色彩と結婚しました。もうそれなしで過ごすことはできません」と自ら語るこの転換は制作上の理由ばかりでなく、カミーユとの結婚や自身の病気、少年時代を過ごした荘園ペイルルバードの売却など外的な要因もあった。この頃の手紙で「私が少しずつ<黒>を見捨てているというのは本当です。ここだけの話ですが、それは私をくたくたにさせるのです」とも述べている。
そうした中で出会ったのがパステルという素材だった。「私はパステルで、疲れもなしに制作します。それは描くように仕むけてくれるのです」。ルドンはパステルを用いて花や神話など彩り溢れる世界を展開する。しかし、ルドンの画面から“黒”が消え去ってしまったわけではない。本作でも、色とりどりの花が活けられた花瓶の脇に広がる“黒”が、どの色彩にもまして花の生命を浮かび上がらせている。

 

アルブレヒト・デューラー≪書斎の聖ヒエロニムス≫

動画による作品解説

アルブレヒト・デューラー  Albrecht Dürer
《書斎の聖ヒエロニムス》 Heiliger Hieronymus im Gehäuse
1514年 エングレーヴィング・紙 24.9×19.2 cm
*2019年度 新収蔵

この作品はアルブレヒト・デューラーが制作した銅版画のなかでも最高傑作と呼ばれる三大銅版画のひとつです。僧房のような空間で、書き物をしている聖ヒエロニムスが描かれています。彼は聖書をラテン語へと翻訳したウルガタ訳聖書の翻訳者として、しばしば書斎で書き物をする姿で描かれました。
聖人の手前には、ライオンが寝そべっています。中世の聖人伝説を集めた『黄金伝説』によると、聖ヒエロニムスは、ライオンの足に刺さった棘を抜いて助けたことが記されています。このエピソードから、しばしばライオンはこの聖人の忠実な友として美術作品に登場します。
本作でデューラーの銅版画技術は最高度に達しました。まず遠近法による空間は、この小さな画面の中にかなり奥深い空間を生み出すことに成功しており、線を並べたハッチングに加えて、線を交差させるクロスハッチングによって、幅広い明暗と対象の質感を生み出しました。窓から部屋へと差し込む光は、輪郭線ではなく、途切れ途切れの線を並べて表現され、ガラスを通した柔らかな効果を巧みに表しています。

アルブレヒト・デューラー≪アダムとエヴァ≫

アルブレヒト・デューラー Albrecht Dürer
アダムとエヴァ Adam und Eva
1504年 エングレーヴィング、紙 24.8×19.0 cm

この作品はデューラーによる『旧約聖書』を主題とした銅版画です。アダムとエヴァは「創世記」に登場する最初の人類で、彼らは神に創造され、恥じらいや悲しみを知らず、裸のまま楽園に住んでいました。ある時二人は蛇にそそのかされて、神に禁じられていた「知恵の実」を食べてしまい、楽園から追放されます。本作ではエヴァが蛇から「知恵の実」を受け取り、アダムへと手渡そうとする場面が緊張感をもって描かれています。
背景にいるシカやネコなど多くの動物たちは、それぞれこの場面にかかわるシンボリックな意味をもたされています。デューラーや仲間の人文主義者たちは、こうした一見難解な図像に込められた意味を読み解いたことでしょう。
デューラーは、イタリアへの旅行以来、「理想的な人体のプロポーション」を求めて研究を重ねてきました。この銅版画でも著名な古代彫刻をもとに準備を重ね、構図を練りました。ここでは聖書の物語とともに、古代彫刻から学んだ「理想的な人体像」の実現が目指されています。

アルベール・マルケ≪ルーアンのセーヌ川≫

アルベール・マルケ Albert Marquet
ルーアンのセーヌ Rouen, quai de Paris, temps gris
1912年 油彩・カンヴァス 59.0×80.0 cm
*新収蔵

この作品は、マルケが滞在したルーアンのホテルで描かれました。ルーアンは古くからセーヌ川を利用した水運の拠点として栄えた街で、マルケはその中でも、特に賑わっていた河岸を描いています。画面を横切るように大きくセーヌ川が配置され、波止場の倉庫街や、対岸で煙を上げる煙突群、人々が行き交うボイエルデュー橋が捉えられています。曇り空からはやわらかな光がセーヌ川に落ち、水面は穏やかな光に満たされています。川には橋の影とともに、橋脚がうっすらと映り込んで、ゆったりとした流れを感じさせます。
マルケのセーヌ川はひかえめな色彩でほとんどモノトーンのようですが、その描写は多彩なニュアンスを感じさせます。

ピエール・ボナール 《ノルマンディー風景》

ピエール・ボナール Pierre Bonnard

ノルマンディー風景 Paysage de Normandie

1925年 油彩、カンヴァス 54.0×47.5cm

本作の裏には、副題として「突然の日差し(coup du soleil)」と記されています。おそらく厚い雲の間から強い日差しが差し込んだ瞬間を捉えたのでしょう。生い茂った緑や草原には光が満ち溢れています。わずかな雲間から日差しが届くそのようすは、異なった色彩を見せる左右の木々や牛にあらわれています。その奥には紫や黄などきらめくような色彩を反映しながら、セーヌ川が流れています。
1912年、ボナールはヴェルノン近郊のセーヌ河岸の斜面に建てられた別荘「マ・ルロット(私の家馬車)」を購入しました。そのテラスからは低地を流れるセーヌ川と対岸の町ヴェルノンを望むことができました。ボナールは自宅の庭をあまり整備せず、自然のままにすることを好んだといいます。「マ・ルロット」の近くで描かれた本作には、ボナールが好んだノルマンディーのありのままの自然を見出すことができます。

クロード・モネ 《藁ぶき屋根の家》

クロード・モネ Claude Monet

藁ぶき屋根の家 La chaumière

1879年 油彩・カンヴァス 48.5×64.5cm

1878年8月、モネはパリから北西に約70キロ離れたセーヌ川沿いの小村ヴェトゥイユに移り住み、この地で3年余りを過ごしました。その間には妻カミーユが亡くなるなど、ここでの生活はモネの人生でつらく、貧しい時代でもありましたが、この時期に制作された作品の多くがやがて後の連作シリーズを生む糧となります。
本作では全体的に落ち着いた色調の中、筆触分割により前景の草花が鮮やかに咲き乱れ、爽やかな空は力強い筆致で大気の流れをはらんでいます。

カミーユ・ピサロ ≪エラニーの牧場≫

カミーユ・ピサロ Camille Pissarro
エラニーの牧場 Prairie d'Eragny
1885年 油彩・カンヴァス 54.5×65.5cm

新緑の草原で牛が草をはみ、画面右には林檎の花が咲き誇っています。それらは絵具を混ぜず点のように並べた筆跡で描かれることによって、鮮やかな色彩効果を見せています。サインの赤や、家並みの赤茶色、リンゴの花のピンクなど赤系の色彩は、草原に広がる緑に対するやわらかな補色の効果を生み出し、画面にいっそうの輝きをもたらしています。

本作は1886年の第8回印象派展に出品された作品です。当時の批評家はこの作品を、「近くで見るとカンヴァスはさまざまな色をした釘の頭の集まりのよう」だが、「適正な距離から見ると遠近法が生まれ、面は深さを持ち、空は適度な軽快さで処理されて、広大な空間とぼんやりした地平線の印象が生み出されている」と評しています。

 

 

アルフレッド・シスレー 《秋風景》

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アルフレッド・シスレー Alfred Sisley 
秋風景 La plaine de Champagne du haut des Roches-Courtaut
1880年 油彩・カンヴァス 50.0×65.0cm

フォンテーヌブロー近くの高台からシャンパーニュ平原を流れるセーヌ川を見下ろした風景が描かれています。画面左下に描かれた近景の草むらは絵具を盛り上げるように塗られ、その質感はシスレーが見た風景を生き生きと伝えるかのようです。秋空はリズミカルで荒いタッチ、大地は素早く水平に流れる線で描かれ、地平線は点のような筆跡であらわされています。川の流れに沿うようなタッチによる水面は、空の色を反映して微妙に色彩を変化させています。一貫して移り変わる風景やそこから受ける感覚を描き続けたシスレーは、印象派の画家たちの中でも、最も印象派らしい画家といわれています。

 

 

オディロン・ルドン 《ひまわりのある花束》

ひまわりのある花束 Le bouquet au tournesol 1910-14年 パステル・紙 61.0×47.0cm

オディロン・ルドン Odilon Redon
ひまわりのある花束 Le bouquet au tournesol
1910-14年 パステル・紙 61.0×47.0cm

青い花瓶に一輪の大きなひまわり、キルタンサスのようなピンクの花、マーガレットのような小さく黄色い花などが生けられています。パステルによる簡潔な表現は、花の生命そのものを描き出すかのようです。

それらを引き立てるのが青と白の花瓶です。花瓶の青は、反対色の黄色のひまわりを際立たせています。同じ花瓶を描いた油彩画と比べると、その効果は明瞭です。余白の中に置かれた花瓶と花々は、柔らかなパステルの色彩が響き合うことで、季節や時間を超越するかのような夢幻のイメージに息づいています。

 

 

オディロン・ルドン 《ダンテとベアトリーチェ》

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オディロン・ルドン Odilon Redon
ダンテとベアトリーチェ Dante et Béatrice
1914年頃 油彩・カンヴァス 50.0×65.2cm

柔らかな色彩に包まれた二人が目を閉じて静かに向き合っています。左の人物はダンテ・アリギエリ、中世イタリアの詩人です。ダンテは「地獄篇」、「煉獄篇」、「天国篇」からなる壮大な叙事詩『神曲』をあらわしたことで知られています。

『神曲』の物語は、ダンテ自身が深い森の中から地獄へと迷い込む場面から始まります。そこで古代ローマの詩人ウェルギリウスと出会い、彼の導きで罪人たちが苦しむ地獄を巡ります。地獄の大穴を抜けると、煉獄の山がそびえ、山を登るごとに罪は浄められていきました。その頂で天国を案内するベアトリーチェと出会います。

ベアトリーチェはダンテが幼い頃から熱愛した実在の女性であり、彼女は24歳で夭折しました。『神曲』において、ダンテは長い地獄と煉獄を経て、ついにベアトリーチェとの再会を果たします。煉獄山の頂の上で、眼を閉じたベアトリーチェと向き合うダンテの心には、まるで静寂が広がるかのようです。

 

 

クロード・モネ 《雪中の家とコルサース山》

オーギュスト・ルノワール アルジャントゥイユの橋

動画による作品解説

クロード・モネ Claude Monet 
雪中の家とコルサース山 Maisons dans la neige et mont Kolsaas
1895年 油彩・カンヴァス 64.2×91.2cm

1895年2月から2ヶ月の間、モネは義理の息子を訪ねてノルウェーに滞在し、光と色彩の効果をコルサース山の連作で探求しました。本作もそうした中の1点です。近景には屋根に雪の積もった家並みを描き、遠くには雪を頂くコルサース山が描かれています。山や雪に落ちる影は単純な黒や灰色ではなくピンクや青色で、赤や茶色をした家の壁に反射する光は青色であらわされています。影は全くの暗闇ではなく弱い光があり、時間や天気によって変化することを意識したモネは、コルサース山などの連作を通じて光の効果を探求し続けました。

 

 

ピエール=オーギュスト・ルノワール 《アルジャントゥイユの橋》

 

オーギュスト・ルノワール Pierre-Auguste Renoir
アルジャントゥイユの橋 Pont du chemin de fer à  Argenteuil
1873年 油彩・カンヴァス 46.0×63.0cm

鉄橋が架かるセーヌ川の様子が自由なタッチで描かれています。川面は短い平筆のタッチでリズミカルに塗られて、その感覚はセーヌ川を吹き抜ける風を想像させるかのようです。鉄橋の影の灰色は光と影のグラデーションではなく、色の面としてあらわされており、川面に盛り上げられた白い絵具とともに降り注ぐ陽光の瞬きが感じられます。

この時期、ルノワールはしばしばアルジャントゥイユに住むモネを訪ねて、ともに制作をしました。二人は戸外にイーゼルを立てて同じ風景を描き、「筆触分割」によって色彩で画面を構成する新しい絵画を模索しました。こうした作品は翌年に開催される「第1回印象派展」に出品され、大きな反響を呼びました。自由な感覚に満ちたこの風景画は、印象派の誕生を象徴する作品の一つといえるでしょう。

 

 

ピエール=オーギュスト・ルノワール 《果物の静物》

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オーギュスト・ルノワール Pierre-Auguste Renoir
果物の静物 Nature morte aux  fruits
1902年頃 油彩・カンヴァス 18.5×32.5cm

ぶどうやりんご、ザクロなどの瑞々しい果物が輝くような色彩で描き出されています。ぶどうには透明な薄い絵具が塗り重ねられ、下の層を生かすことで明暗が表現されています。りんごは透明と不透明の赤を使い分けて、ザクロは印象派風の筆跡を残した白、赤、黄、緑などを大胆に用いることで、異なる質感があらわされています。

こうした透明感のある絵具の使用はルノワールが伝統的な技法に学んだものでした。1870年代、ルノワールは筆跡を並べる印象派の技法を多用しましたが、その後、行き詰まりを感じ、18 世紀以前の古典絵画に学んで塗り重ね(グラッシ)の技法を再び研究して自らの絵画を発展させました。

 

 

ピエール=オーギュスト・ルノワール 《横になった婦人》

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オーギュスト・ルノワール Pierre-Auguste Renoir
横になった婦人 Femme couchée
1912年 油彩・カンヴァス 24.5×33.3cm

あたたかな陽光のなか、赤い花の髪飾りをつけた女性が柔らかな草むらの上に寝そべっています。女性が着るワンピースの描写は、動きやすくゆったりとした布地の質感をとらえています。女性のかたわらには麦わら帽子と花の入ったバスケットが置かれ、田園の穏やかな雰囲気を伝えています。ここには、ルノワールが晩年を過ごした南仏の町カーニュの印象が、女性の衣装とともに鮮やかに描かれています。

 

 

アンリ・ルソー 《両親》

アンリ・ルソー Henri Rousseau
両親 Les Parents
1909年頃 油彩・板 17.0×20.5cm

コートを着た画家の父と花を持つ母は、ルソーの両親がモデルとなっています。その表情は素朴ながら愛らしく、どこか親近感がわいてきます。

この油彩画はかつて画家・藤田嗣治が所蔵していました。藤田は晩年、パリ郊外の自宅に父の写真とともにこの作品を飾ったといいます。

本作は上原昭二氏より米寿を記念して、昨年12月に当館へ寄贈されました。この小さな油彩画には、画家やコレクター、さまざまな人々の両親への思いが込められているようです。

ポール・ゴーガン 《森の中、サン=クルー》

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ポール・ゴーガン Paul Gauguin
森の中、サン=クルー Dans la forêt, Saint-Cloud
1873年 油彩・カンヴァス(カルトン張り) 24.8×34.5cm

この作品はゴーガンがまだ株の仲買人をしていた頃の作品です。当時、ゴーガンは休日に知人を訪ねて、しばしばパリ近郊サン=クルーで制作しました。森の中で人々がピクニックする風景には、幸福な時間が流れているようです。

1883年、株価の暴落を機にゴーガンは画家の道を歩み始めました。生活に困窮した妻は、実家のコペンハーゲンに戻ります。ゴーガンは一人絵画を探究し、タヒチで最期を遂げました。この作品は、妻メットが生涯、大切にしていました。この穏やかな風景には、ゴーガンとの幸福な思い出に満ちていたのかもしれません。

 

 

フィンセント・ファン・ゴッホ 《鎌で刈る人(ミレーによる)》

フィンセント・ファン・ゴッホ<br> 《鎌で刈る人(ミレーによる)》 1880年頃

フィンセント・ファン・ゴッホ Vincent van Gogh
鎌で刈る人(ミレーによる)  Moissonneur à la faucille (D'après Millet)
1880年頃 鉛筆・水彩・紙 55.5×30.5cm

本作はゴッホが27歳で画家を目指しはじめた頃の貴重なデッサンです。ゴッホは、はじめ敬愛するミレーの版画「野良仕事」シリーズをたくさん模写しますが、それらのほとんどは後にゴッホ自ら破棄してしまいました。その中で唯一残っていたのがこのデッサンです。もとになった版画は、縦13センチほどの小さなものでした。ゴッホは、それを大きな紙に繊細な筆致で描き出しています。

ゴッホはわずか37歳で亡くなりました。その前年、ゴッホは同じ「鎌で刈る人」をテーマに、鮮やかな色彩、うねるようなタッチで油彩模写を描きました。ゴッホにとって、ミレーの版画は生涯を通じて芸術の源泉だったといえるでしょう。

【ゴッホがみつめた「ミレー」】展に出品中
山梨県立美術館で開催中のミレー館特別企画『ゴッホがみつめた「ミレー」』に出品中です。ぜひご覧いただければ幸いです。
https://www.art-museum.pref.yamanashi.jp/permanent/index.html#area2

ポール・シニャック 《アニエール、洗濯船》

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ポール・シニャック Paul Signac
アニエール、洗濯船 Asnières, bateau lavoir
1882年 油彩・カンヴァス 38.6×56.0cm

赤や黄色、青といった原色が筆跡を並べるように描かれています。筆触分割によって波打つ水面と光の反射があらわされた画面には、19歳の若きシニャックが受けた水辺の印象が鮮やかに甦ります。シニャックは16歳の時に見たモネの作品とその色彩に感銘を受け、彼の筆触分割や視覚混合といった技法を学びました。本作でも、川面を描くタッチなどにモネの影響が伺えます。

 

 

ポール・セザンヌ 《ウルビノ壺のある静物》

ポール・セザンヌ ウルビノ壺のある静物
動画による作品解説

ポール・セザンヌ Paul Cézanne
ウルビノ壺のある静物 Nature morte au vase dit d'Urbino
1872-73年 油彩・カンヴァス 45.0×55.0cm

布の上に置かれた果物とウルビノ壺が明るい色彩で描かれています。それまで暗い色調で描いていたセザンヌはこの頃ピサロと出会い、ともに制作しました。年長のピサロに「三原色とその混色だけで描きなさい」と助言されたセザンヌは、その傍らで制作する中で次第に明るい色彩による画風へと展開していきました。

この作品はピサロとともにガシェ博士の家に滞在したときに描かれた作品です。果物や壺、布は、荒い筆跡の色彩であらわされています。壁に映る壺の影さえも平面的に描写され、画面全体が平らな色面で構成されています。セザンヌは同じモティーフを、別の角度からも描いています。そこでは壺や果物の影がはっきりとつけられ、より立体的な空間が暗示されています。この二作品からセザンヌはこの頃、光と色彩の効果を模索していたことがうかがわれます。

 

 

ピエール・ボナール 《雨降りのル・カネ風景》

ピエール・ボナール-雨降りのル・カネ風景

ピエール・ボナール Pierre Bonnard
雨降りのル・カネ風景 Paysage du Cannet sous la pluie
1946年 油彩・カンヴァス 51.6×64.6cm

ボナールが晩年を過ごした南仏ル・カネの風景が広がっています。画面中央の人物は傘を差しているのでしょうか、滲むような色彩が雨中の光をあらわしているようです。

ボナールは手帳にデッサンとともに天候を書き留め、自宅のアトリエで油彩画に仕上げました。「天候の書き入れは、僕に光を思い出させてくれるものだ」と語っています。

 

 

アンリ・マティス 《エトルタ断崖》

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動画による作品解説

アンリ・マティス Henri Matisse
エトルタ断崖 Les falaises à Etretat
1920年 油彩・カンヴァス 38.0×46.3cm

ドーヴァー海峡に面したエトルタは、白亜の断崖が切り立つ小さな漁村です。村のはずれには波蝕によって生み出された「象の鼻」と呼ばれる断崖があり、ドラクロワやクールベ、コロー、モネなど多くの画家がモティーフとしてきました。マティスは1920年と21年の夏にこの地を訪れて、「象の鼻」を多くの作品に描きました。

空にはノルマンディーの低い雲が流れ、断崖の沖にはヨットが浮かぶ夏の情景が描き出されています。マティスはこの時期、明暗をあらわす灰色や茶色などの中間色を多用しました。それらと黒を併置することで、一見暗い色調の灰色や茶色は美しい輝きを帯び、色彩を引き立たせています。海の水面(みなも)は水色と黄土色、黒の線のみで表現されていますが、ノルマンディーの海がもつ千変万化するやわらかな色調を見事にあらわしています。

 

 

アンリ・マティス 《鏡の前に立つ白いガウンを着た裸婦》

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アンリ・マティス Henri Matisse
鏡の前に立つ白いガウンを着た裸婦 Nu au peignoir blanc debout devant la glace
1937年 油彩・カンヴァス 46.0×38.0cm

南仏ニースのアトリエが彩り豊かに描き出されています。白いガウンを着た女性は、1932年頃からマティスの制作助手やモデルを務めたロシア人リディア・デレクトルスカヤです。人体の陰影は紫や朱色であらわされ、色彩の中にもヴォリュームを感じさせます。女性が羽織ったガウンは、わずかに緑がかっていることで、赤が主調となる画面で白の印象がさらに際立っています。

女性を写し出す鏡は、画面の奥行複雑にして、空間を倒錯させています。また、鏡の脇に置かれたカンヴァスやイーゼル(カンヴァスを立てる道具)は、この作品を描く画家の存在を垣間見せ、幾重にも重なる不思議な空間を生み出しています。

1951年、戦後初めて日本で開催された「マチス展」において本作を見た安井曽太郎は、「愛らしい、樂しい、美しい小品。人物、鏡、格子模様の背景、のよき連絡」と評しています。

*ポーラ美術館で開催中の展覧会『モネとマティス もうひとつの楽園』(2020年6月1日~11月3日)に出品中です

アンリ・マティス 《アネリーズの肖像》

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アンリ・マティス Henri Matisse
アネリーズの肖像 Portrait d'Annelies
1944年 コンテ・紙 52.0×39.5cm

ここに描かれた女性は当時モデルを務めたアネリーズ・ネルクです。彼女は柔和な容貌でありながら、その強い眼差しは内に秘めた豊かな精神の広がりを感じさせます。

マティスは肖像画の制作について、「作品の本質的表現はモデルの姿顔立ちの正確さにではなくて、全くと言っていいほどモデルを前にした芸術家の感情の投射に依存していると私は思う」と述べています。また、「表面は多少簡略に見えても、芸術家とそのモデルの内的関係の表現であるヴィジョンが現れてくる。制作中になされた細やかな観察をすべて含んだ素描からまるで池のなかの泡のように内部で発酵したものが湧き出してくるのである」とも語っています。

 

 

アルベール・マルケ 《冬のパリ(ポン・ヌフ)》

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アルベール・マルケ Albert Marquet
冬のパリ(ポン・ヌフ)  Neige et ciel vert, Paris (Le Pont Neuf)
1947年頃 油彩・カンヴァス 61.5×50.0cm

雪が降り積もり、薄靄がかかったようなパリの情景が広がります。マルケは若い頃からパリのセーヌ川ほとりにアトリエを構え、その眺めを描き続けました。1931年には、セーヌ川にかかる橋ポン・ヌフ近くの建物5階に引っ越しました。

1946年冬、マルケは病に倒れ、翌年1月に手術を受けます。快復後、マルケは再びパリのアトリエからの眺めを描き始めますが、夏には帰らぬ人となりました。絶筆はアトリエからの雪景色だったといいます。本作には一人の画家が愛し続けたパリの眺めが広がっています。

 

アンドレ・ドラン 《静物》

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アンドレ・ドラン André Derain
静物 Nature morte
1912年 木炭・紙 61.0×50.0cm

テーブルクロスの上に、空の器やタバコ缶、蝋燭台が置かれています。こうした画題は静物画と呼ばれ、西洋では17世紀頃から盛んに描かれてきました。そこにはしばしば寓意的な意味が込められています。火のない蝋燭台は人生の虚しさ(ヴァニタス)を意味し、タバコ(古くはパイプ)や空の器もそうしたことを暗示しました。

ドランはこの頃、キュビスムという前衛的な絵画を展開します。ここではタバコ缶の表面に書かれた「TABAC」という文字(平面)とモティーフが生み出す陰影(立体)が対比されています。こうした絵画において、ドランは伝統的なモティーフに現代的な感覚を持ち込むことで、絵画の可能性を探っているかのようです。

 

 

アンドレ・ドラン 《レ・レックの森の中》

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アンドレ・ドラン André Derain
レ・レックの森の中 Sous-bois aux Lecques
1922年頃 油彩、カンヴァス 60.0×73.0cm

1919年に第一次世界大戦の徴兵から戻ったドランは、1921年のイタリア旅行を機に古典芸術に傾倒を深め、造詣の節度と美しい秩序、厳密な構成を重んじた作風へと移行していきました。

本作もまた、厳密な構成に基づく風景画です。画面の下層からは 約15cm四方ずつに区切られた赤い構成線が垣間見え、木々が生み出す主要な造形はそれに基づいて構成されています。中央の木は画面のほぼ中央に配されており、対角線を生かした枝や葉のうねりが画面全体に動きを生み出しています。ほぼ前景と中景のみで構成された絵画空間は、規則的な筆触と強調された明暗で形作られ、キュビスムやセザニスムにおける探求が古典的構成のもとで展開されているといえるでしょう。1920年代、ドランは毎夏を決まって南仏レ・レックとその周辺で過ごし、その風景を数多く描きました。本作もそうした中の1枚です。

 

 

アンドレ・ドラン 《フランシス・カルコ夫人の肖像》

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アンドレ・ドラン André Derain
フランシス・カルコ夫人の肖像 Portrait de Madame Francis Carco
1923年頃 油彩・板 32.6×26.6cm

本作には、ドランやピカソらとも親交があった小説家フランシス・カルコの妻が描かれています。額を出しすっきりとしたショートカットの夫人の髪型は、肩を出したシンプルなドレスと相まって端正な雰囲気を出しています。

夫人は前髪をかき上げたボーイッシュな髪型をしています。ドレスは、ファッション雑誌『ヴォーグ』にみられるような、スタイリッシュなイブニング・ドレス(夜会用のドレス)です。先進的な芸術家たちと交流のあった人物らしく、モードを取り入れた装いをみせています。

 

 

アンドレ・ドラン 《裸婦》

アンドレ・ドラン André Derain
裸婦 Nu assis
1929年 油彩・カンヴァス 34.0×21.0cm

本作はコレクター上原昭二氏が初めて手に入れた油彩画です。当初、そのよさがわからなかったものの、信頼する画商の薦めもあり、この作品を購入したといいます。上原はこの作品を眺めるうちに徐々に魅せられ、のちには「足長お嬢さん」の愛称で親しむようになりました。

購入当初、実家で暮らしていた上原は「買ってから3年間も分不相応なことをしたと怒られるのが怖くて、父に見られないよう押し入れに隠していました」。この作品を初めて部屋に飾ったのは、自分の家を持ったときだったといいます。上原近代美術館のコレクションのはじまりを象徴する作品です。