【仏教館】上原コレクション名品選 祈りの文字 祈りのかたち

上原コレクション名品選 祈りの文字 祈りのかたち

本展では、洋の東西を問わず、絵や文字に込められた「祈りのかたち」をご紹介します。江戸時代に活躍した沼津出身の僧、白隠慧鶴は仏の教えを優しく解き明かし、広く人々に伝える手段として、その生涯に多くの絵や書を描きました。飄々とした作風は、昔も今も多くの人々を魅了しています。上原コレクションの《達磨図》は、ぎょろりとした目で上方をにらむ達磨を画面中央に大きく描き、禅の言葉「見性成仏」が書き添えられています。墨のみで表現された世界は、禅の境地を伝えるようです。

また仏の教えを伝える経典は文字ひとつひとつに、祈りを込めて書写されました。《中阿含経》(奈良時代・8世紀)は細身の文字が謹厳な書体であらわされた優品です。一巻約9mの経典ですが、よどみのない筆致は最後まで途切れることがなく、緊張感が伝わってきます。
ほかにもルオーが描くキリスト像、仏教美術コレクションの顔ともいえる十一面観音像や、阿弥陀如来像も展示いたします。さまざまな文字やかたちに込められた「祈りのかたち」をお楽しみください。

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【近代館】上原コレクション名品選 花かおる絵画

上原コレクション名品選 花かおる絵画

「梅の花 香をかぐはしみ 遠けども 心もしのに 君をしぞ思ふ」(市川王、天平宝字2[758]年、万葉集)。これは今から1200年以上前の宴で、梅の香りに託して敬愛の心が詠まれた歌です。日本の芸術では古来より花の香りにさまざまな思いが重ねられてきました。その香りを想像すると、それまでには感じられなかった世界が目の前にあらわれます。絵画もまた、描かれた花の香りをイメージすると、そこには豊かな空間が広がっています。

ルドンが描き出す《花瓶の花》にはアネモネをはじめ色とりどりの花が咲き乱れています。ルドンは自らが描く花を「再現と想起という二つの岸の合流点にやってきた花ばな」と述べました。現実の花が夢幻の世界と合流するように混じり合うその香りは、パステルの不思議な色彩と相まって見るものを幻想的な世界へと導きます。当時の批評家はルドンの花の絵画について次のように述べています。「花がパステルになったのか、パステルが花に変容したのかだれもしらない。(中略)それは控え目だが変わることのない匂いがする。それは妖精だろうか。女神だろうか。いや、それ自身である」。

ピサロ《エラニーの牧場》では、牛が草をはむ田園風景の中に林檎の花が咲き誇っています。明るい色彩であらわされた花々は甘い香りを漂わせて、北フランスの湿潤な大気の中を吹き抜ける爽やかな風を感じさせます。安井曽太郎《桜と鉢形城址》は終戦間近の1945年春に描かれた作品です。疎開先である埼玉県寄居町に桜が咲き誇る田園風景には、穏やかな春の香りが広がります。

本展ではモネ、ルノワール、マティス、梅原龍三郎など上原コレクションから花の香り漂う絵画をご紹介します。美しい花々に包まれてゆったりとしたひとときをお過ごしいただけましたら幸いです。

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【仏教館】陰翳礼讃 影に浮かぶ仏の美 
【近代館】陰翳礼讃 闇に輝く絵画の光

陰翳礼賛

作家・谷崎潤一郎は1933 (昭和8)年、随筆『陰翳礼讃いんえいらいさん』を著しました。そこでは近代化の波に覆われつつある日本が直面する光と影についての葛藤と考察が綴られています。それから約九十年後の現在、日常を取り巻く光はさらに明るさを増し、影はその存在を潜めています。しかし、身の廻りを見渡すと至るところに影の存在があることに気づきます。身近なうつわやペン、そして自分の手を改めて見つめると光の傍に影があらわれます。そして、その影に気づけば、ものの存在が今までとは異なったかたちであらわれてきます。

「美と云うものは常に生活の実際から発達するもので、暗い部屋に住むことを餘儀なくされたわれわれの先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に沿うように陰翳を利用するに至った」。谷崎は日本における美のあり方について、そう語っています。例えば、黄金が日本家屋の暗がりで放つ美しさを次のように述べています。「庭の明かりの穂先を捉えて、ぽうっと夢のように照り返している」、「私は黄金と云うものがあれほど沈痛な美しさを見せる時はないと思う」。金箔が施された仏像は、もともとお堂や厨子ずしの暗がりで拝まれていました。そうした仏像は陰翳の中でこそ本来の姿があらわれてくるのかもしれません。

絵画もまた、もともと明るい壁に飾るものではなく、薄暗い建物内で鑑賞されていました。特に日本家屋では床の間で鑑賞する掛軸が「陰翳に深みを添える」ものとして尊ばれてきました。そうした歴史的背景を持つ日本画には、暗い建築空間に広がるような繊細な余白の表現が殊のほか美しくあらわされています。

このような陰翳の感覚を持つ日本人にとって、西洋の油彩画を描くことはひとつの新たな挑戦でした。京都帝国大学で西洋の美学美術史を学んだ須田国太郎もそうした画家のひとりです。須田は1919 (大正8)年にスペインへ渡り、プラド美術館などで伝統絵画の陰影表現を学びました。帰国後、京都にある日本家屋の四畳半の居間で制作し続けた須田は、日本独特の深い陰翳をまとった油彩画を生み出していきます。

本展では上原コレクションの仏像や絵画から陰翳の中に潜む美の魅力に注目します。闇を柔らかく照り返すような十一面観世音菩薩像や阿弥陀如来像をはじめ、日本の物語に潜む闇を余白に描き出した小林古径の日本画、油彩画の影に独特の深い存在感をあらわした須田国太郎らの絵画などをご紹介します。また、谷崎潤一郎が旧蔵した小林古径《杪秋びょうしゅう》も展示します。現代の陰翳の中に浮かび上がるジャンルを越えた美の世界をお楽しみいただければ幸いです。

【仏教館】【近代館】 陰翳礼讃

開催期間: 2021年4月29日(木・祝)~2021年9月26日(日)
開館時間: 9:30~16:30(入館は16:00まで)
休館日 : 展覧会会期中は無休
入館料 : 大人1,000円/学生500円/高校生以下無料
※仏教館・近代館の共通券です
※団体10名以上10%割引
※障がい者手帳をお持ちの方は半額
会場  : 上原美術館 近代館・仏教館

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「陰翳礼讃」無料配布ハンドブック

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会場で配布していますが、オンラインでも閲覧いただけます。
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十一面観世音菩薩立像

十一面観世音菩薩立像

十一面観世音菩薩立像

十一面観世音菩薩立像

・年代:平安時代(10世紀)
・法量:像高52.2cm
・指定:重要美術品

Standing Statue of the Eleven-Faced Kannon Bodhisattva
Era: Heian period (10th century)
Dimensions: Height of the statue 52.2 cm
Designation: Important Art Object

十一面観音は十の頭上面を持つ観音で、この姿はあらゆる方角を見渡して救済を行う、観音の救済力の表現とされています。

本像は頭部から台座蓮肉の一部までをサクラと思われる広葉樹の一材から彫出した一木造の立像で、頭上面と右肩以下の右腕、左の肘から先は別に造って取り付けています。像を蓮肉まで含めて一材でつくり、内刳(内部を刳り抜くこと)を行わない技法、装身具を彫出する手法は平安時代前期に見られる特徴であり、太い鼻梁とつり上った瞳が生む強い表情、奥行のある頭部、両胸の下をC字型に刳る表現、下半身に着用した裙(巻きスカート)に見られる翻波式衣文(大きい襞の間に小さな襞をあらわす表現)も古様です。一方で本像は全体として穏やかな作風を示しており、九世紀の仏像に見られる厳しい表現が、温和な和様へと向かいつつある時期、十世紀初めの仏像と考えられます。

The Eleven-Faced Kannon is a Kannon with ten faces on its head, representing the Kannon's ability to look in all directions and offer salvation.

This statue is a standing figure carved from a single piece of broadleaf wood, likely cherry, from the head to part of the lotus pedestal. The faces on the head, the right arm below the right shoulder, and the left arm from the elbow down are separately made and attached. The technique of creating the statue, including the lotus pedestal, from a single piece of wood without hollowing out the interior, and the method of carving the ornaments, are characteristics seen in the early Heian period. The strong expression created by the thick nose bridge and upward-slanting eyes, the deep head, the C-shaped carving under the chest, and the honpa-shiki drapery (a style of depicting large folds with smaller folds in between) seen in the skirt worn on the lower body are also ancient features. On the other hand, the statue as a whole shows a gentle style, suggesting it is a Buddha statue from the early 10th century, a period when the severe expressions seen in 9th-century Buddha statues were transitioning to a more gentle Japanese style.

動画による作品解説

上原美術館通信 No.14 最新号を掲載しました

上原美術館通信14

上原美術館通信 No.14 最新号 2021/7/12掲載

  • 企画展 陰翳礼賛 影に浮かぶ仏の美/闇に輝く絵画の光
  • [仏教コラム] 江戸時代の人々の信仰 伊豆市・法泉寺三十三観音 櫻井和香子
  • [コラム]研ぎ澄まされた古径の線―新収蔵品より 土屋絵美
  • [コラム]河津町から三島仏師(?)の作例発見 田島 整
  • 活動報告
  • 伊豆だより
  • 出品予定の展覧会 京都市京セラ美術館開館1周年記念展 上村松園

 

過去の美術館通信一覧>

【近代館】企画展 鏑木清方 築地川の世界

【近代館】企画展 鏑木清方 築地川の世界

鶸色ひわいろに萌えたかえでの若葉に、ゆく春をおくる雨が注ぐ。
あげ潮どきの川水に、その水滴はかずかぎりないうずを描いて、
消えては結び、結んでは消えゆるうたかたの、久しい昔の思い出が、
色のせた版畫はんがのやうに、築地川の流れをめぐつてあれこれとしのばれる。
(鏑木清方 随筆集『築地川』より)

鏑木清方(1878-1972年)は、幼い頃に暮らした東京・下町に深い郷愁の念を抱いていました。上原美術館で新収蔵しました画帖《築地川》は、清方の少年時代の思い出に満ちた作品です。
築地川はかつて築地を囲むように流れていた掘割の川で、そこには多くの人々が集い生活を営んでいました。外国人居留地があった「明石町」、夏は行人の憩いの場となった「伊達様の水門」、夕涼みに賑わう「亀井はし」、鰯売りが水揚げする「佃」など、水とともに生きる明治時代の人々の姿が作品からは垣間見えます。
また、清方は紫陽花をこよなく愛した画家としても知られています。それは幼少の頃に「明石町」にあった異人館で咲く紫陽花や、築地一丁目の「紫陽花の垣」に魅了されたことに始まるといいます。清方の思い出にあふれた画帖からは、少年時代に見た築地川流域の姿が目の前に広がるようです。
本展では美しい絵と文章でつづられた画帖《築地川》を中心に、清方が描いた明治の下町に暮らす人々の生活をご紹介します。清方の愛した穏やかな懐かしい日々の情景、そしてそこで生きる魅力的な人々の姿をどうぞご覧ください。

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【仏教館】特別展 静岡の仏像+伊豆の仏像 ―薬師如来と薬師堂のみほとけ―

【仏教館】特別展 静岡の仏像+伊豆の仏像 ―薬師如来と薬師堂のみほとけ―

静岡県は東西を結ぶ東海道、太平洋と甲斐国(山梨県)を結ぶ富士川街道など、無数の街道が縦横に走る本州の結節点。静岡県中部は古く駿河国と呼ばれ、現在の静岡市に国府が置かれていました。一方、県東端の伊豆は古来海上交通の要衝で、遠く離れている静岡市と伊豆は、同じように人とモノ、文化が行き交う重要な土地だったのです。

静岡市と伊豆を仏像から見ると、興味深い共通点があります。いずれも古い薬師如来像が多く、薬師如来を中心とする群像があるのです。本展では伊豆に伝わる薬師像と、静岡市に伝わる薬師如来を取り巻く群像の一部を厳選して展示。二つの地域の仏教文化についてあわせて考える機会となればと思います。展示する仏像の多くは通常非公開。この機会に是非ご覧ください。

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【近代館】 絵画が紡ぐ物語

コレクター上原昭二が半世紀以上をかけて集めた絵画コレクションには、画家たちのユニークな物語やエピソードをもつ作品が集まっています。それらの中には、作家同士の交流が育んだ作品だけでなく、過去や同時代の作品との出会いによって制作されたものも数多くみられます。本展では、こうした絵画の生まれるきっかけとなった画家や作品との出会いが紡いだ物語を、モネたち印象派の作品などからご紹介します。
印象派を代表する画家クロード・モネは、葛飾北斎や歌川広重らの浮世絵を通じて日本の富士山を知り、日本らしさを代表するこの山への憧れを抱いてきました。そうした思いは、ノルウェーに滞在した折に、雪の積もるコルサース山を富士山に見立てた連作として結実します。当館が所蔵する《雪中の家とコルサース山》もそうした連作のひとつであり、モネが愛蔵した北斎『富嶽三十六景』などの浮世絵は、彼が新たな作品を生み出すきっかけとなりました。こうしたエピソードは、作品に秘められた背景を明らかにし、モネが雪山に込めた日本への深い愛着を我々に教えてくれます。
本展示ではそのほか、ルノワールがモネとともに印象派絵画の表現を模索した《アルジャントゥイユの橋》、ゴッホが私淑したミレーの版画を模写した《鎌で刈る人(ミレーによる)》、ドランがセザンヌ風の色彩と造形を試みた《レ・レックの森の中》などから、絵画が紡いだ物語をお楽しみください。

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【仏教館】胡蝶舞う浄土

経巻を紐解くと、見返しには蝶と迦陵頻伽かりょうびんが(極楽浄土に住むという鳥)に仮装した二人の童子が舞い、濃紺の料紙に金泥で書写された経文は、夜空の星のような輝きを放ちます。美麗な装束をまとう童子の豊かな頬は赤らみ、足元の銀の輝きは二人にスポットライトを当てるかのようです。平安の華麗なひと時を垣間見せてくれる経巻。このたび上原美術館は、この美麗な装飾経を収蔵、初公開いたします。本経は平安末期から鎌倉初期の高位の貴族、平基親たいらのもとちかが制作したもので、平基親願経といいます。平基親願経は妙法蓮華経を書写した、もと十巻からなるもので、本経はこのうちの第五巻になります。巻末の奥書から、治承4(1180)年、平基親自らが書写したものであることが分かります。本展では後陽成ごようぜい天皇の第十皇子、尊覚親王が承応元(1652)年に書写した「唯識三十頌ゆいしきさんじゅうじゅ」も初公開するほか、中尊寺経など紺紙金字経の優品もご紹介します。また、当館所蔵の平安、鎌倉時代の仏像もあわせて展示いたします。

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上原美術館