小林古径 《芥川》

小林古径
芥川
1926(大正15)年頃 絹本彩色・軸装 47.5×75.0cm

本作は伊勢物語の第六段、芥川に想を得た作品です。物語は主人公の男が思い続けた女性を連れて逃げる場面から始まります。二人は芥川の近くまで来ますが、夜が更けて雷雨に遭ったため、蔵に助成を隠して戸を守ります。しかし雷鳴に紛れて闇の中から鬼があらわれて食べてしまい、朝には誰の姿もありませんでした。
蔵で眠る女性は長い髪が床にほどけ、美しい着物の模様が闇から浮かび上がります。そこに雷鳴に紛れて鬼があらわれます。古径はその劇的な場面を厳しい線描と余白の繊細な薄墨により見事にあらわしています。

 

川合玉堂≪柿紅葉≫

動画による作品解説

川合玉堂
柿紅葉
1950(昭和25)年 絹本彩色・額装 44.3×58.2cm

秋の深まる山里の風景が描かれています。
小川には小さな橋がかかり、その傍には喧騒を離れた一軒の小屋があります。小屋の近くには、葉を落としつつある桑の木々が並び、緑から赤へと葉の色を変えた柿がたわわに実をつけています。
柿の実を食べに来たのか、シジュウカラが枝にとまり、屋根の上では二羽がさえずるようにしています。
晩年に、奥多摩に暮らした玉堂は、そこに広がる里山の情景を描き続けました。穏やかな秋の一場面には、自然をこよなく愛した玉堂独自のまなざしが感じられます。

 

竹内栖鳳 《海濱小暑》

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動画による作品解説

竹内栖鳳 
海濱小暑
1927(昭和2)年 絹本彩色・軸装 66.8×87.0cm

浜に広がるみずみずしい草木の緑。盛夏も間近となった小暑(二十四節気の一つ、7月7日頃)の海辺の様子が描きとめられています。波打ち際の簡素な家や畑、沖に浮かぶ漁船などからは、人々の営みがうかがえます。四季折々の風情を大切にした栖鳳らしく、身近な自然に潜む美を、卓越した色彩感覚で表現しています。

 

 

横山大観 《東海の朝》

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横山大観
東海の朝
1937(昭和12)年頃 紙本彩色・軸装 75.5×105.5cm

青々とした松の木々が悠々と伸び、その後方には朝日を浴びた白い砂浜が広がっています。大観独自の風格ある簡潔な表現によって、壮大な空間が感じられます。

1937(昭和12)年、大観は第一回文化勲章を受章しました。本作品もその頃に描かれた意欲作の一つです。大観は日本画壇を牽引しながらも、終生日本画の新しい可能性を追求し続けました。

横山大観 《夜桜》

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動画による作品解説

横山大観 
夜桜
1947(昭和22)年 紙本彩色・額装 55.9×66.8cm

画面全体に暈しが施され、闇夜に燃え盛る篝火が山桜を仄かに浮かび上がらせています。白色の桜花が可憐に咲く傍らに褐色の若葉が見えるようすは、野趣あふれる山桜のたくましい生命力を感じさせます。篝火の周りには僅かに金泥が用いられ、その色調は春宵の大気の柔らかさまでも感じられるかのようです。正面を向き、パターン化された構図の桜花が装飾的に画面を彩り、画面の外から伸びる枝は暈しの抑揚によって奥行が生み出されています。

川合玉堂 《漁村夕照》

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川合玉堂
漁村夕照
昭和10(1935)年頃 絹本彩色・額装 65.0×91.0cm

夕日が降り注ぐ海に幾艘も浮かぶ舟。帆を下ろしたそれらの舟は漁を終えて帰ってきたところでしょうか、夕暮れの大気の広がりが海辺の村を包み、情緒あふれる風景が描き出されています。本作は、中国で伝統的に画題となってきた「瀟湘八景(しょうしょうはっけい)」(中国・湖南省の瀟水と湘江の合流する辺りの景勝。山水画を通して日本にも広まった)の一つ「漁村夕照」を画題としています。手前の濃墨で描かれた松林は、絹本独特の柔らかな滲みによって風景に溶け込んでいます。夕暮れに染まる山々や遠景に柔らかく広がる暈しは玉堂が若い頃に学んだ円山四条派の影響でしょうか、手前の松林から斜め奥へと続く構図は、宋の画家・馬遠に学んだ玉堂の特徴の一つであり、大きく取られた余白は雄大な自然の広がりを感じさせます。

上村松園 《初雪》

動画による作品解説

上村松園 
初雪
1937(昭和12)年 絹本彩色・軸装 82.5×85.5cm

冬の本格的な訪れを告げる初雪。ここでは、手を袖深く引き込め傘を持つ女性の何気ない仕草が、寒さに満ちた空気感を巧みにあらわしています。女性のやわらかい表情には、淡い雪を楽しむかのような微笑がわずかに浮かんでいます。日常を描いた一場面に、松園ならではの女性美と季節を愛でる心情が投影されているかのようです。

松林桂月 《白萩》

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松林桂月 
白萩
1953(昭和28)年頃 絹本墨画淡彩、額装 47.0×56.0cm

白く小ぶりな花をつけた萩が墨の濃淡を生かして描かれています。その前には、淡い色彩によるススキが秋風に揺れるようにすっととらえられています。どちらも秋の風物として、和歌などにもたびたび詠われてきました。

作品右下に記された漢詩には「流水冷冷何処岸 夕陽浴浴幾家村」とあり、秋の夕暮れ時、村の家々に夕日が降り注ぐ情景が目に浮かぶようです。そこには、白い花と故郷山口の萩を重ねて、東京で制作に打ち込む桂月の心情が込められているのかもしれません。

 

 

松林桂月 《牡丹》

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松林桂月 
牡丹
1955(昭和30)年頃 絹本墨画淡彩・額装 49.0×56.0cm

はじめに塗った墨が乾く前に別の色や墨を重ねる「たらし込み」の技法で、雨に洗われた牡丹の清らかな姿が描き出されています。胡粉(ごふん)を花弁にのみ少量たらし込むことで花弁の重なりが省略され、雨に潤う牡丹のようすを巧みに捉えています。南画を学んだ桂月には珍しく線描を用いずに描いているため、伸びやかでやわらかな表現が一層際立ち、淡い墨で彩られた静かな情景のなかに優美な趣を秘めています。

小林古径 《草花》

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小林古径
草花
1951(昭和26)年 紙本彩色・軸装 48.7×63.5cm

梶田半古に師事した古径は、伝統的な日本画の教育を受けると同時に、写生ということを非常に重んじた師の教えを受け、写実の基礎を固めました。1922(大正11)年、日本美術院の留学生として前田青邨とともに渡欧した折には、大英博物館で伝顧愷之『女史箴図巻』の「春蚕の糸を吐くが如き描線」に感銘を受けました。東洋古画のもつ繊細かつ強靭な線描へと傾倒しながら、「実物の性格や機能、形や色や量、更にはその生命までも知り尽くそう」という写実精神にもとづくことで、古径の芸術は形成されていきます。

本作は古径晩年の作です。チューリップの茎や花弁には肥痩(線の細い太い)のない線描がみられます。その厳しい線描は、抑制された色彩や理知的な構成、余白のぼかしと相俟って黒いチューリップの生命力を見事にあらわしているといえるでしょう。

上原美術館