オディロン・ルドン≪花瓶の花≫

オディロン・ルドン Odilon Redon
花瓶の花 Fleurs au vase
1910年頃  パステル・紙 55.0×40.0cm

「花がパステルになったのか、パステルが花に変容したのかだれも知らない」。ルドンのパステル画を、当時の批評家フォンテナスはそう表現している。かつて“黒”を追求していたルドンの画業は、1890年頃から徐々に色彩の追求へと移行していった。「私は色彩と結婚しました。もうそれなしで過ごすことはできません」と自ら語るこの転換は制作上の理由ばかりでなく、カミーユとの結婚や自身の病気、少年時代を過ごした荘園ペイルルバードの売却など外的な要因もあった。この頃の手紙で「私が少しずつ<黒>を見捨てているというのは本当です。ここだけの話ですが、それは私をくたくたにさせるのです」とも述べている。
そうした中で出会ったのがパステルという素材だった。「私はパステルで、疲れもなしに制作します。それは描くように仕むけてくれるのです」。ルドンはパステルを用いて花や神話など彩り溢れる世界を展開する。しかし、ルドンの画面から“黒”が消え去ってしまったわけではない。本作でも、色とりどりの花が活けられた花瓶の脇に広がる“黒”が、どの色彩にもまして花の生命を浮かび上がらせている。

 

アルブレヒト・デューラー≪書斎の聖ヒエロニムス≫

アルブレヒト・デューラー  Albrecht Dürer
《書斎の聖ヒエロニムス》 Heiliger Hieronymus im Gehäuse
1514年 エングレーヴィング・紙 24.9×19.2 cm
*2019年度 新収蔵

この作品はアルブレヒト・デューラーが制作した銅版画のなかでも最高傑作と呼ばれる三大銅版画のひとつです。僧房のような空間で、書き物をしている聖ヒエロニムスが描かれています。彼は聖書をラテン語へと翻訳したウルガタ訳聖書の翻訳者として、しばしば書斎で書き物をする姿で描かれました。
聖人の手前には、ライオンが寝そべっています。中世の聖人伝説を集めた『黄金伝説』によると、聖ヒエロニムスは、ライオンの足に刺さった棘を抜いて助けたことが記されています。このエピソードから、しばしばライオンはこの聖人の忠実な友として美術作品に登場します。
本作でデューラーの銅版画技術は最高度に達しました。まず遠近法による空間は、この小さな画面の中にかなり奥深い空間を生み出すことに成功しており、線を並べたハッチングに加えて、線を交差させるクロスハッチングによって、幅広い明暗と対象の質感を生み出しました。窓から部屋へと差し込む光は、輪郭線ではなく、途切れ途切れの線を並べて表現され、ガラスを通した柔らかな効果を巧みに表しています。

アルブレヒト・デューラー≪アダムとエヴァ≫

アルブレヒト・デューラー Albrecht Dürer
アダムとエヴァ Adam und Eva
1504年 エングレーヴィング、紙 24.8×19.0 cm

この作品はデューラーによる『旧約聖書』を主題とした銅版画です。アダムとエヴァは「創世記」に登場する最初の人類で、彼らは神に創造され、恥じらいや悲しみを知らず、裸のまま楽園に住んでいました。ある時二人は蛇にそそのかされて、神に禁じられていた「知恵の実」を食べてしまい、楽園から追放されます。本作ではエヴァが蛇から「知恵の実」を受け取り、アダムへと手渡そうとする場面が緊張感をもって描かれています。
背景にいるシカやネコなど多くの動物たちは、それぞれこの場面にかかわるシンボリックな意味をもたされています。デューラーや仲間の人文主義者たちは、こうした一見難解な図像に込められた意味を読み解いたことでしょう。
デューラーは、イタリアへの旅行以来、「理想的な人体のプロポーション」を求めて研究を重ねてきました。この銅版画でも著名な古代彫刻をもとに準備を重ね、構図を練りました。ここでは聖書の物語とともに、古代彫刻から学んだ「理想的な人体像」の実現が目指されています。

アルベール・マルケ≪ルーアンのセーヌ川≫

アルベール・マルケ Albert Marquet
ルーアンのセーヌ Rouen, quai de Paris, temps gris
1912年 油彩・カンヴァス 59.0×80.0 cm
*新収蔵

この作品は、マルケが滞在したルーアンのホテルで描かれました。ルーアンは古くからセーヌ川を利用した水運の拠点として栄えた街で、マルケはその中でも、特に賑わっていた河岸を描いています。画面を横切るように大きくセーヌ川が配置され、波止場の倉庫街や、対岸で煙を上げる煙突群、人々が行き交うボイエルデュー橋が捉えられています。曇り空からはやわらかな光がセーヌ川に落ち、水面は穏やかな光に満たされています。川には橋の影とともに、橋脚がうっすらと映り込んで、ゆったりとした流れを感じさせます。
マルケのセーヌ川はひかえめな色彩でほとんどモノトーンのようですが、その描写は多彩なニュアンスを感じさせます。

ピエール・ボナール 《ノルマンディー風景》

ピエール・ボナール Pierre Bonnard

ノルマンディー風景 Paysage de Normandie

1925年 油彩、カンヴァス 54.0×47.5cm

本作の裏には、副題として「突然の日差し(coup du soleil)」と記されています。おそらく厚い雲の間から強い日差しが差し込んだ瞬間を捉えたのでしょう。生い茂った緑や草原には光が満ち溢れています。わずかな雲間から日差しが届くそのようすは、異なった色彩を見せる左右の木々や牛にあらわれています。その奥には紫や黄などきらめくような色彩を反映しながら、セーヌ川が流れています。
1912年、ボナールはヴェルノン近郊のセーヌ河岸の斜面に建てられた別荘「マ・ルロット(私の家馬車)」を購入しました。そのテラスからは低地を流れるセーヌ川と対岸の町ヴェルノンを望むことができました。ボナールは自宅の庭をあまり整備せず、自然のままにすることを好んだといいます。「マ・ルロット」の近くで描かれた本作には、ボナールが好んだノルマンディーのありのままの自然を見出すことができます。

クロード・モネ 《藁ぶき屋根の家》

クロード・モネ Claude Monet

藁ぶき屋根の家 La chaumière

1879年 油彩・カンヴァス 48.5×64.5cm

1878年8月、モネはパリから北西に約70キロ離れたセーヌ川沿いの小村ヴェトゥイユに移り住み、この地で3年余りを過ごしました。その間には妻カミーユが亡くなるなど、ここでの生活はモネの人生でつらく、貧しい時代でもありましたが、この時期に制作された作品の多くがやがて後の連作シリーズを生む糧となります。
本作では全体的に落ち着いた色調の中、筆触分割により前景の草花が鮮やかに咲き乱れ、爽やかな空は力強い筆致で大気の流れをはらんでいます。

カミーユ・ピサロ ≪エラニーの牧場≫

カミーユ・ピサロ Camille Pissarro
エラニーの牧場 Prairie d'Eragny
1885年 油彩・カンヴァス 54.5×65.5cm

新緑の草原で牛が草をはみ、画面右には林檎の花が咲き誇っています。それらは絵具を混ぜず点のように並べた筆跡で描かれることによって、鮮やかな色彩効果を見せています。サインの赤や、家並みの赤茶色、リンゴの花のピンクなど赤系の色彩は、草原に広がる緑に対するやわらかな補色の効果を生み出し、画面にいっそうの輝きをもたらしています。

本作は1886年の第8回印象派展に出品された作品です。当時の批評家はこの作品を、「近くで見るとカンヴァスはさまざまな色をした釘の頭の集まりのよう」だが、「適正な距離から見ると遠近法が生まれ、面は深さを持ち、空は適度な軽快さで処理されて、広大な空間とぼんやりした地平線の印象が生み出されている」と評しています。

 

 

アルフレッド・シスレー 《秋風景》

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アルフレッド・シスレー Alfred Sisley 
秋風景 La plaine de Champagne du haut des Roches-Courtaut
1880年 油彩・カンヴァス 50.0×65.0cm

フォンテーヌブロー近くの高台からシャンパーニュ平原を流れるセーヌ川を見下ろした風景が描かれています。画面左下に描かれた近景の草むらは絵具を盛り上げるように塗られ、その質感はシスレーが見た風景を生き生きと伝えるかのようです。秋空はリズミカルで荒いタッチ、大地は素早く水平に流れる線で描かれ、地平線は点のような筆跡であらわされています。川の流れに沿うようなタッチによる水面は、空の色を反映して微妙に色彩を変化させています。一貫して移り変わる風景やそこから受ける感覚を描き続けたシスレーは、印象派の画家たちの中でも、最も印象派らしい画家といわれています。

 

 

オディロン・ルドン 《ひまわりのある花束》

ひまわりのある花束 Le bouquet au tournesol 1910-14年 パステル・紙 61.0×47.0cm

オディロン・ルドン Odilon Redon
ひまわりのある花束 Le bouquet au tournesol
1910-14年 パステル・紙 61.0×47.0cm

青い花瓶に一輪の大きなひまわり、キルタンサスのようなピンクの花、マーガレットのような小さく黄色い花などが生けられています。パステルによる簡潔な表現は、花の生命そのものを描き出すかのようです。

それらを引き立てるのが青と白の花瓶です。花瓶の青は、反対色の黄色のひまわりを際立たせています。同じ花瓶を描いた油彩画と比べると、その効果は明瞭です。余白の中に置かれた花瓶と花々は、柔らかなパステルの色彩が響き合うことで、季節や時間を超越するかのような夢幻のイメージに息づいています。

 

 

オディロン・ルドン 《ダンテとベアトリーチェ》

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オディロン・ルドン Odilon Redon
ダンテとベアトリーチェ Dante et Béatrice
1914年頃 油彩・カンヴァス 50.0×65.2cm

柔らかな色彩に包まれた二人が目を閉じて静かに向き合っています。左の人物はダンテ・アリギエリ、中世イタリアの詩人です。ダンテは「地獄篇」、「煉獄篇」、「天国篇」からなる壮大な叙事詩『神曲』をあらわしたことで知られています。

『神曲』の物語は、ダンテ自身が深い森の中から地獄へと迷い込む場面から始まります。そこで古代ローマの詩人ウェルギリウスと出会い、彼の導きで罪人たちが苦しむ地獄を巡ります。地獄の大穴を抜けると、煉獄の山がそびえ、山を登るごとに罪は浄められていきました。その頂で天国を案内するベアトリーチェと出会います。

ベアトリーチェはダンテが幼い頃から熱愛した実在の女性であり、彼女は24歳で夭折しました。『神曲』において、ダンテは長い地獄と煉獄を経て、ついにベアトリーチェとの再会を果たします。煉獄山の頂の上で、眼を閉じたベアトリーチェと向き合うダンテの心には、まるで静寂が広がるかのようです。

 

 

上原美術館