古くから人々に親しまれてきた「ものがたり」は、歴史や文化を越えて自由に想像の世界を楽しむことができます。そして、そこに広がる豊かな世界に心ひかれた画家たちによって、多くの魅力的な絵画が生み出されてきました。
日本画家の小林古径は歴史や文学への造詣が深く、物語や謡曲をはじめ、仏教などを題材とした絵画をたびたび描いています。なかでも平安時代の歌物語『伊勢物語』は古径お気に入りの主題でした。『伊勢物語』は全125段からなり、それぞれ異なる話が和歌とともにつづられています。
第23段「筒井筒」では、幼馴染の男女のエピソードが書かれています。お互い成長し、恥ずかしさから会わずにいた二人ですが、男が、
筒井つの 井筒にかけし まろがたけ
過ぎにけらしな 妹見ざるまに
(井戸の囲いで測り比べた私の背丈も、囲いの高さを過ぎてしまったようですね。あなたを見ないでいるうちに)
と女に歌を贈ります。女はそれに対し、
くらべこし 振分髪も 肩すぎぬ
君ならずして たれかあぐべき
(比べ合ってきた私の振り分け髪も肩を越えてしまいました。あなたでなくて誰のために髪あげしましょうか)
と返し、歌をやり取りすることで、心を通わせます。この第23段に由来する古径の《井筒》(表面作品)では、幼い二人の子どもたちが井戸の周りで遊ぶ場面が描かれています。余白を十分とった簡潔な画面からは、背丈や髪の長さを比べあったこども時代のさわやかな情景が目に浮かぶようです。
本展では、ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指輪』に登場する女性戦士が遠い眼差しを湛えるルドン《ブリュンヒルデ、神々のたそがれ》、旧約聖書『創世記』より、最初の人類である男女が禁断の果実を受け取る場面を捉えたデューラー《アダムとエヴァ》、新約聖書においてベタニヤのマルタ・マリア姉妹との出来事を描いたルオー《キリストとの親しき集い、ベタニヤ》など、さまざまな「ものがたり」を主題とした絵画を紹介します。これらの作品に寄り添って、耳をかたむけてみてください。描かれた作品が、あなただけにそっと語りかけてくれるはずです。画家たちが生み出した多様な「ものがたり」の世界をどうぞお楽しみください。
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