小高い丘から見下ろすパリ郊外のシャンパーニュ平原にセーヌ川がゆったりと流れています。草木が生い茂る小道からは、静かな自然に分け入る葉擦れの音さえ聞こえるかのようです。鋭く伸びる枝の向こうには高い空が広がり、紫色に霞む遠くの大地に爽やかな風が吹き抜けます。印象派の画家アルフレッド・シスレーが描いたこの油彩画は、フランス語の原題に「ロッシュ=クルトーの丘から見たシャンパーニュ平原」と付けられていますが、一方で日本語のタイトルは「秋風景」となっています。そのわずかな言葉の響きには作品の叙情性が秘められており、この絵を愛した国内のコレクターのちいさなまなざしが垣間見えるかのようです。眼の前の自然の変化をとらえようとする印象派のまなざしは、どこか移ろう季節を愛でる日本人の自然観と共通する感性が息づいています。
印象派の中でも徹底して移ろいゆく光を捉えようとしたのはモネでした。《雪中の家とコルサース山》はモネが50代の冬、北欧ノルウェーで描いた作品です。モネは380メートルほどのこの雪山を富士山に見立て、変化する光の中で幾つもの油彩画に描きました。それら連作はモネ自身が収集していた葛飾北斎の浮世絵、富岳三十六景を彷彿とさせます。そうしたシリーズの一つである本作をモネから直接購入したのは、黒木三次・竹子夫妻でした。黒木夫妻は日本びいきのモネと親しく交流し、1919(大正8)年、ジヴェルニーのモネ邸にて直接この作品を譲り受けます(参考写真)。帰国後、黒木氏は国内の展覧会に出品、岸田劉生をはじめ多くの画家がこの絵を目にします。その後、関西のコレクター和田久左衛門の所蔵を経て、2005(平成17)年に上原美術館に収められました。日本に憧れたモネのまなざしは、移ろう自然を愛でる日本のコレクターのまなざしと重なり、今では富士山の近くの伊豆に飾られています。
本展ではコレクターや鑑賞者、画家自身の「ちいさなまなざし」をキーワードに印象派の絵画をご紹介します。若きルノワールがモネと並んで描いた《アルジャントゥイユの橋》、農村を愛したピサロが描く《エラニーの牧場》など、上原コレクションより印象派の絵画をどうぞお楽しみください。
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