オディロン・ルドン Odilon Redon
ブリュンヒルデ、神々のたそがれ Brünnhilde, Crépuscule des Dieux
1894年 油彩・カンヴァス 54.5×65.5cm
ルドンは当時、ヨーロッパで熱狂的に受け入れられていた作曲家リヒャルト・ワグナーに多大な関心を寄せていました。ブリュンヒルデは、ワグナー楽劇『ニーベルングの指環』に登場する神々の娘の一人です。その楽劇の最終章「神々のたそがれ」は、神性を失ったブリュンヒルデが夫ジークフリートと辿る悲劇的な運命を中心に展開します。ブリュンヒルデの遠い眼差しは、旅に出た夫ジークフリートを想う姿でしょうか、かつて神々の戦乙女であった勇ましさはそこになく、ただ優美さが漂っています。
本作が制作された1894年は、ルドンにとって転換点でした。友人のエドモン・ピカールに宛てた同年の手紙でルドンは、「時間がその価値を二倍にするあの時、つまり、芸術家が己をしり、もはや道に迷いようのないあの瞬間がやって来つつあるのです」と述べています。“黒”による表現の深遠さを追求していたルドンはこの頃、次第に色彩の世界へと展開していきます。本作では、以前のリトグラフに見られる重く厳粛な“黒”はなく紙の白さが一つの色彩であるかのような輝きを湛えています。