花の香り、鳥の声、風の肌ざわり。身の回りにある自然は、わたしたちに春の訪れを知らせます。そして、絵の中にもその季節のうつろいが秘められています。

《桜と鉢形城址》は安井曽太郎が第二次世界大戦中、北京から帰って間もなく描かれました。安井は1944(昭和19)年夏、美術展審査のため満州に渡り、北京に立ち寄って制作をします。年末、北京で病に侵された安井は、そこで療養し、翌年3月に帰国。間もなく埼玉県寄居町に疎開しました。そこで描かれたのがこの風景画です。その美しい眺めは、鉢形城址の下を流れる荒川のせせらぎ、鼻をくすぐる春の香り、空を吹き抜ける風の肌ざわりをも想像させます。戦争が続く困難な時代にも季節は流れ、新たな春が訪れます。

本展では近年、新たに収蔵した安井曽太郎《桜と鉢形城址》のほか、伊豆・静浦に吹く冬の西風が春の気配を告げる梅原龍三郎《江ノ浦、残月》、暗がりの中から桜が浮かび上がる須田国太郎《枝垂桜》と横山大観《夜桜》、あたたかな季節の香りを感じさせるピサロ《エラニーの牧場》やモネ《藁ぶき屋根の家》など、春の訪れを感じさせる絵画をご紹介します。上原コレクションより、新たな季節の訪れをお楽しみください。